ヨーグルト研究所

ヨーグルトの効果・ダイエット方法・レシピや作り方、乳酸菌ごとの特徴を公開しています。

ヨーグルトの研究と歴史

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日本にヨーグルトが一般的に食べられるようになったのは、昭和後期のことです。

まだまだ60年ほどの歴史しかありません。

ところが、主に遊牧民族のいる中東、酪農文化のあるヨーロッパにおいては、ヨーグルトはもっと以前から食べられていたものです。

ここでは、

  • ヨーロッパにおけるヨーグルトの歴史
  • 日本におけるヨーグルトの歴史
  • レーウェンフックの研究
  • パスツールの研究
  • リスターとコッホの研究

についてご紹介します。

 

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ヨーロッパにおけるヨーグルトの歴史

ヨーロッパの歴史には、いくつか説があります。
紀元前6000年という説と、紀元前3000年ころという説です。
ヨーグルトはもともと、ヒツジやヤギが家畜化され、その乳を保存する中で乳酸菌の出す乳酸が牛乳のタンパク質を凝固させて起こる現象です。
このことから、ヒツジやヤギの家畜化とほぼ同時にヨーグルトは誕生したのではないかといわれています。

乳酸がたんぱく質を凝固させると、牛乳そのものを保存するよりも長期間の保存ができます。
これがヨーグルトやフレッシュチーズの原型になりました。
また、持ち運びにも適する形になり、牛乳そのものよりも満腹感を得られることから、徐々に広まっていったのではないかと考えられます。

乳酸菌は、空気中や人の肌などにいる常在菌です。
常在菌であるがために、その土地の風土に合っているものです。
風土に合った乳酸菌がその土地土地でヨーグルトを作り出したため、さまざまなヨーグルトが誕生しました。

日本におけるヨーグルトの歴史

日本に最初にヨーグルトが渡ってきたのは、飛鳥時代と言われています。
聖徳太子の時代に、仏教とともに酪農の技術が伝えられました。
その際、バターやチーズ、ヨーグルトが伝えられたという記述が仏典にあります。

しかし、ヨーグルトやチーズ、バターが日本に定着することはありませんでした。
仏教が渡来して100年後、日本は長い平安時代の鎖国状態に入ります。
この時期は、仏教が広く信じられた時期でもありました。
日本における仏教は、四足の動物の肉食を禁じました。
次第に、酪農文化もすたれることになりました。

次に史書にヨーグルトに関する記述がみられるのは、明治時代のことです。
しかし、牛肉を食べることだけで「角が生える、牛になる」と恐れられた時代に、ヨーグルトが広まることはありませんでした。

日本でヨーグルトが一般的に食卓に上るようになったのは、昭和50年ころと言われています。
もちろん、乳酸菌の研究は、その前から進められていました。
日本で乳酸菌を多く人に知らしめたのは1930年代のカゼイ・シロタ株の発見が最初といわれています。
1938年にヤクルトが商標登録され、戦後、ヨーグルトを固形化したまま流通させるための技術が確立しました。
日本の食卓文化に入ってきてから、まだ半世紀にしかならないのです。

レーウェンフックの研究

レーウェンフック(1632-1723)は、オランダの学者です。
顕微鏡を作り出したことでも有名な研究者です。
自作の顕微鏡を用いて、野菜や乳などを観察していたとき、乳酸菌を発見したのではないかといわれています。

ただ、そのときは乳酸菌に特化された研究は行われませんでした。
レーウェンフックは、自作の顕微鏡を作り出し、改良し、さらにもっと小さなものが見えるようにという研究に没頭していました。
非常に顕微鏡を大事にしたことでも知られており、彼の顕微鏡を人に渡すことは絶対にありませんでした。

観察結果を人に話すことはしても、その顕微鏡のことは絶対に秘密にしたといわれています。
このため、顕微鏡をのぞきたい時は、どんなに遠方の人でも、彼のところまでいかなければなりませんでした。
いざ見せてもらうときも、顕微鏡は彼の手の上にあり、そこから見せてもらうことになっていたようです。

レーウェンフックは、この顕微鏡を用いて、水の中や便の中にいる微生物を発見したといわれています。
また、赤血球の形をも確認したといわれています。
彼は、その結果を克明に記録に残しましたが、研究を深めることよりも、さらに良い顕微鏡を作ることにまい進したため、乳酸菌についての研究が深まることはありませんでした。

乳酸菌というものがはっきりと他の細菌と分離されて考えられるようになったのは、その後200年を待つ必要がありました。

パスツールの研究

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パスツール(1822-1895)は、フランスの科学者です。
狂犬病ウイルスを発見したことでも有名です。
ウイルスや微生物の世界に注目したパスツールは、微生物が腐敗と発酵の鍵を握っていることを突き止めました。
それまで、腐敗や発酵は原因がわかっていませんでした。
中には、「ハエの卵がすべてのものの中にあり、それが生まれることによってものが腐る」という説を唱えた人さえあったといいます。

パスツールが乳酸菌を発見したのは、あるビール工場からの依頼がきっかけだったといいます。
ビールがどうしても酸っぱくなってしまう、という相談を受けたパスツールは、ビールが酸っぱくなる原因が乳酸菌による乳酸発酵だということを突き止めました。

微生物が、ほかの生き物と同じように増殖・死滅を繰り返す生物であることを突き止めたのもパスツールです。
ウィルスや病原菌などの微生物が生きている「生物」であること、生物であるがために増殖を弱めたり強めたりもできることなどを発見しました。
この研究から、彼はいまなお「微生物学の祖」と呼ばれています。

パスツールが作った研究所からは、ティシェという科学者も輩出されました。
ティシェは、母乳栄養で育っている赤ん坊の便からビフィズス菌を発見します。
赤ん坊は、生後7日ころの腸は善玉菌だらけであることも当時は知られていませんでしたが、母乳しか栄養を摂っていない乳児の健康は、腸内の環境によって支えられているのではないかとティシェは考えたのです。

その結果、乳児の便から、枝分かれしているように見える菌を発見しました。
これは、大腸菌とは明確に区別することができました。
このため、ビフィズス菌が乳児の健康を支えているのではないかと考え、のちのメチニコフにつながる「特定種の菌が健康を支えている」という考えを生み出したのです。

リスターとコッホの研究

リスターは、イギリスの外科医です。
乳酸菌をほかの細菌群から離し、純粋に分離することに成功しました。

分離された乳酸菌を、最初に培養することに成功したのが、ドイツの研究者、コッホです。
コッホはコレラ菌などの病原菌を発見したことでも有名で、近代細菌学の父と呼ばれています。

コッホが細菌分離法によって細菌の培養に成功すると、次々と門下生たちの手によって、さまざまな細菌が分離・培養されていきました。
ヨーグルトから乳酸菌が分離・培養されるようになったのも、このころからです。

その後、ヨーグルトの研究は、イリヤ・メチニコフに引き継がれ、メチニコフが「不老長寿説」を唱えたことによってヨーロッパ全土に「ヨーグルトは健康に良い」という考えが広まりました。

こうして、ヨーグルトは現在世界の健康食として、大きな役割を果たしています。

そんな歴史に思いをはせながらヨーグルトを食べてみてください。